故郷に留まり、残されたものを守る高齢者たち

ミコライフ地方のスニフリフカ村とノヴォヴァシリブカ村は、約9カ月前からロシア軍の支配下にあり、砲撃やロケット弾の音が止むことはほとんどありません。また、カホフカ水力発電所のダム爆発によっておこった洪水の影響は、すでに困難だった状況をさらに複雑にしています。

 

ウクライナの人口のほぼ4分の1は定年退職者です。ウクライナ政府が新たに支配下に置いた地域では、この割合は90%を超えています。

 

「 私たちも避難して、南部中を移動しました。ミコライフやオデサにも行きました。でも、スニフリフカが再びウクライナ政府の支配下に入ったと知って、すぐに戻ることを決めました。ここは私の家であり、私の人生のすべてだからです。私は残されたものを守っているのです」

ーハリナさん(62歳)

 

ロシア軍が支配している間に、私たちは貯金をすべて使い果たしました。お店も薬局も病院も、何も機能せず、少なくとも食料を手に入れるためには、とても高いお金を払わなければなりませんでした。 当時、ここに留まっていた人たちは皆、一緒に料理をして食べていました。そのおかげで、私たちはあの過酷な数ヶ月を生き延びることができたのです」

ーライサさん(72歳)

 

「今は少し楽になりました。人道支援団体がパンや水を持ってきてくれるし、衛生用品や長期保存品(穀物、缶詰、油など)が街に運ばれてきたら知らせてくれます。私たちに欠けているのは、すべてを再建し、普通の生活に戻るための平和と静けさだけです

ーアントニナさん(66歳)

 

この地域の人々にとって、地雷も大きな課題です。上の画像のような地雷を警告する看板をあちこちで目にします。

 

「野菜や野生のキノコ、ベリー類は私たちの生きる糧でした。でも今は、残念ながらそれが手に入らない。最近、隣の家の人が森にキノコを採りに行き、地雷に当たりました。当局は危険を警告しているのですが、自暴自棄になったり、時には自分の習慣のために、人々は警告を無視するのです」

 

 

イギリスの災害緊急委員会の資金援助を受けて、CAREは損害を受けたアパートを修復できるよう支援しており、割れた窓を取り替える作業がすでに始まっています。

 

この地に留まった人々、留まらざるを得なかった人々が平穏な日常を少しずつでも取り戻すことのできるよう、私たちは支援活動を続けてまいります。