キリマンジャロ山の氷河消失と森林

 

 

アフリカ大陸には氷河を擁す山、山地が3つあります。タンザニアのキリマンジャロ山、ケニアのケニア山、そしてウガンダとコンゴ民主共和国の国境にあるルウェンゾリ山地です。

 

世界気象機関(WMO: World Meteorological Organization)は、10月にリリースした報告書 “Climate change triggers mounting food insecurity, poverty and displacement in Africa ” において、これら3つの山、山地のすべてが2040年代のうちに氷河を消失する可能性があるとしています。

 

 

この報告書を見て、嫌なタイミングで嫌な報告書が出されたものと感じています。報告書ではこれら3山、山地では1900年代初頭から現在に至るまで一貫して氷河の縮小が続いていることが示されており(下図)、その原因を(気候変動による)インド洋の海面温度の変化に関連づけています(海からの供給蒸気量の変化にともなう、降雪量を左右する山頂部での雲の生成阻害)。

 

出典:“Climate change triggers mounting food insecurity, poverty and displacement in Africa”

 

嫌な報告というのは、もちろん氷河の消失に関わる報告のことです。こうした報告が出されると、すぐにそれは地域住民による環境破壊が原因であるとする反応が、タンザニア政府のみならず世界のあちこちから上がるからです。そしてそれが山麓住民を森林利用から排除すべきとする圧力、政策へと繋がっていきます。

 

嫌なタイミングというのは、キリマンジャロ山では森林保護のためとして、山麓住民にとっての生活の森が国立公園に取り込まれ、この問題を巡ってすでに20年近くも土地紛争が続いています。私たちはこの問題を解決するため山麓住民と協力して、先月大統領に森の返還(県へ)を求める直訴を行ったばかりだったからです(大統領は問題を持ち帰り政府内で解決策を検討すると約束)。

 

2040年代までにキリマンジャロの氷河が失われるかもしれないとするWMOの報告はすでにタンザニア国内でも報道されていますが(以下リンク)、そこに書かれた内容が山麓住民への圧力とならないか、さらには大統領の判断に悪い影響を与えないかを懸念しています。

 

 現地紙「The Citizen」(10/24付): “Kilimanjaro's melting glaciers a big concern

 

山に暮らしてきた村人たちには長く森を守ってきた経験と知識があり、政府が植林をしない間も黙々と木を植え続けてきたのは彼らでした。村人は森の最大の守護者として存在してきましたが、国立公園はその守護者を森から追い出してしまいました。

 

自然や野生動物保護のためには、そこに長く暮らしてきた人々を排除するのが近道と考えるような思考や安易な政策選択は改められなければなりません。キリマンジャロ山の森や自然を守るためには、山麓住民の経験、知識、能力に信頼を置いた保護、利用政策への転換、あるいはそうした思考への転換こそ必要とされています。

 

キリマンジャロ山の山頂氷河の消失原因についてはまだ良く分かっていないことが多く、今後の継続的な調査を通した科学的知見の蓄積と分析が必要とされています。もっともらしい物語に安易に原因を押し付けるのではなく、冷静に議論していくことが求められています。少なくとも現在のところキリマンジャロ山については、氷河の消失は地球温暖化の影響をほとんど受けていないことが分かっており、またその氷は水になるプロセスを経ず直接蒸気となることから(昇華)、周辺地域への水供給という機能もほとんど持ってこなかったとされています。周辺の森林と氷河を結びつけることも否定的な見解が示されています。(※)

 

とはいえ、もしその消失が周辺の森林減少によるものというのであれば、山麓住民が存分に活躍できる森林の保全、管理政策の方が、森林の守護者を失うことになった国立公園化政策よりはるかに山頂氷河の保護に貢献することでしょう。

 

※参考:

The Shrinking Glaciers of Kilimanjaro: Can Global Warming Be Blamed ?

How the Kilimanjaro glaciers left truth in the cold

Fact sheet about the climatological causes of glacier shrinkage on Kilimanjaro since ~1880