知床ネイチャーキャンパス-3STEPで学ぶヒグマ管理-を開催しました。(社会人編)

公益財団法人知床自然大学院大学設立財団は2023年1〜2月、ケースメソッド授業を初導入した全編オンラインプログラム「知床ネイチャーキャンパス-3STEPで学ぶヒグマ管理-」を開催しました。

STEP1 オンデマンド配信講義と予習

2023年1月16日(月)〜2月10日(金)

 

内容:①講義「ヒグマの生態と管理」約90分

   講師:間野勉(北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所)

   ②ケース教材「ヒグマ対応最前線」

   作成:公益財団法人知床自然大学院大学設立財団

 

STEP2 STEP3 ケースメソッドとワークショップ

大学生・大学院生:2023年2月11日(土)〜12日(日)

     社会人:2023年2月25日(土)〜26日(日)

 

内容:①ケースメソッド「ヒグマ対応最前線」グループ討議・全体討議

   ②ワークショップ

    大学生・大学院生「300万円以内で有効なヒグマ対策を考える」

    社会人「3000万円で知床ウッズの事業を考える」

 

※ケースメソッド・ワークショップはZoomのブレイクアウト機能を使って行いました。

 

受講生:34名 (大学生・大学院生17名・社会人17名)

 

講師(敬称略)

 間野 勉  北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所 専門研究員

 敷田 麻実 北陸先端科学技術大学院大学教授

 伊集院彩暮 公益財団法人知床財団 保護管理事業係

 梶  光一 東京農工大学名誉教授(コメンテーター)

 中川  元 元知床博物館館長(コメンテーター)

 

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STEP1 オンデマンド配信講義「ヒグマの生態と管理」

 

まずはじめのステップとして、受講生には間野講師のオンデマンド配信講義「ヒグマの生態と管理」を受講していただきました。講義は北海道や世界のヒグマについての概説からはじまり、北海道の人間とヒグマの関係史や、形態や生態、行動などの生物学、いくつかの事例と被害を避けるためのポイント、そして保護管理を支える考え方にまでおよびました。「人慣れ」と「馴化」の区別、「人間とヒグマの不適切な関係度」の改善や問題個体の駆除が管理において重要であることなど、ヒグマ管理における基本的な知識をしっかりと学習しました。

 

STEP2 ケースメソッド「ヒグマ対応最前線」

 

※ケース教材「ヒグマ対応最前線」について

知床でヒグマ管理を行う架空の組織「知床ウッズ株式会社」の職員・高松大地を主人公にした物語。高松の日常からヒグマ管理の仕事内容を紹介し、矛盾や葛藤、課題などを浮き彫りにした教材です。公益財団法人知床財団職員の協力を得て、当財団が作成しました。

 

■ヒグマ対策体験談(伊集院彩暮・知床財団保護管理事業係)

まずは伊集院講師に、ヒグマ管理担当者として感じる「モヤモヤ」(矛盾や葛藤)を話していただきました。問題の解決に駆除という選択肢が取られていること、危機一髪の事例が生じても人間の対応はなかなか変化しないこと、追い払いや駆除が担当者にとって非常に危険であることなど、日々の業務で感じている様々な葛藤を教えていただきました。受講者はZoomのチャット機能を活用しつつ、ヒグマ管理の現場感覚を共有しました。

 

■グループディスカッション・全体ディスカッション

 

①知床のヒグマと人の関係はどのような状態が理想でしょうか。

大学生・大学院生対象日と同様、敷田講師からディスカッションの進め方について講義を受け、伊集院講師から体験談をうかがったのちに、前回から問いを少し変更した上で、チームごとにディスカッションを行い、その後全体で共有しました。

理想的なヒグマと人との関係については、人とヒグマの距離感について各チームで上がった意見が示されました。「緊張感」などのキーワードが複数の受講生から上がり、では具体的に誰がどんな距離でヒグマに遭うのが問題なのかという点について議論が深められました。「ヒグマが人と滅多に遭わないのが理想」という意見もあれば、一方で「クマに出あえる環境を整えることが必要」という声もあり、人とヒグマの距離感をめぐる幅のある認識が全体で共有されました。また距離感についてだけでなく、「様々な人々の価値観を同じにするのが理想」であるという意見もあり、次のディスカッションでもこの点についての議論が深められました。

 

②知床ウッズがヒグマ管理で直面する課題を挙げてください。

直面する課題については、人とヒグマの距離が近すぎる、管理者同士の連携が不十分である、現場担当者の権限が限られている、普及啓発が届くべきところに届いていない、ヒグマを観光資源として観光客を誘致しているという矛盾を抱えている、など様々な意見が上がりました。

こうした様々な課題、複雑に絡み合った現実の事象を前に、ではそもそも根っこにある課題とは何であるのかが敷田講師から問いかけられました。この問いかけに対する回答として、様々なステークホルダー(行政、観光客、地域住民など)が関わっている、そして関わっている人々の認識がズレている、という意見が上がり、さらにズレている認識をすり合わせるのは可能なのか、認識のズレを修正するのは難しいので管理者にもっと権限を付与するべきではないか、と議論は深められていきました。最後に間野講師や敷田講師からこの日のディスカッションについての整理がなされ、翌日に向けて考えをクリアにしたところで初日を終えました。

 

③人とヒグマのよりよい関係のために、大地たちの知床ウッズができることを提案してください。

昨日のディスカッションを踏まえ、関係者間で共有できるビジョンはあるのか、あるとすればどんなビジョンが可能で、大地たちは何をすべきなのかを議論しました。結果的には全てのチームが共有できるビジョンはあるという結論に至り、「ヒグマによる人身事故で知床のイメージを悪くしない」「軋轢の解消」といったビジョンが示されました。さらにそこから普及啓発の方法や制度改正・権限強化の可否へと議論が進み、具体的な事業検討への道筋としました。

 

 

 

STEP3 ワークショップ「300万円で有効なヒグマ対策を考える」

 

ケースメソッドの議論に続き、敷田講師のファシリテーションのもと、各チームが3000万円という制限のもとで有効なヒグマ対策の事業案を検討しました。最終的に以下のような提案がそれぞれ報告されました。

 

チームAは4チームの中で唯一ヒグマの行動改善を課題として挙げました。ヒグマへのネガティブな条件付けに効果を発揮するような手法の開発・研究を3000万円で支援するという案を提示し、さらにソーシャルビジネス化し循環を生み出していくという展望を示しました。

チームBは観光客への普及啓発に焦点を絞りレクチャー動画の公開、釣り大会、マナー違反情報の周知の3つを提案、いずれの案も景品や特典などの観光客の参加を誘発するしかけを伴うものとしました。また限られた時間の中で詳細な費用の積算を提示し、対策をリアリティあるものとしました。

チームCはヒグマ対策についての「他人任せ」意識の改革を目指し、さまざまな立場の人間を巻き込んだ電気柵設置事業を提案しました。問題を「地域の問題」化し多様な人々の当事者意識を育むべく、被害対策によって得られた農作物をブランド化するなどの戦略を示しました。

チームDも同様に問題を当事者たちに「自分事」としてもらい人々の間の「共感」を醸成するための取り組みを検討しました。普及啓発活動と体制構築の2つを柱とし、前者はミニパブリックス等による対話の場の設置やSNS等を活用した情報の発信、後者は直接的指導やカメラ等を用いた管理ツールの活用などを挙げ、総合的な対策案を提示しました。

 

これらの提案について活発なディスカッションが行われ、最後に間野講師、伊集院講師、梶講師から講評をいただきました。