11月は児童虐待防止推進月間ですね。
聞こえに不自由のあるお子さんへの虐待とは???を体験から考えてみました。
「虐待」には本当に様々なものあると聞きます。
身体への暴力、金銭的・精神的な抑圧、時間の搾取などは、社会問題として目にすることが多いですね。
ある、若手成人難聴者が子どもの頃の学校での体験について、こう言いました。
『車いすの方に「降りて、階段を上れ!」ということは虐待だと誰もが思うから言わない。
けれど、聞こえに不自由のある状態の子どもには「集中して、しっかり聴け!」と強制される。
それは、どんなに無理なことか理解する人は少なく、当事者には虐待とも思えるのに、社会の中では見過ごされている」
実際に、小学校では周りの理解があって、楽しく通学できていたのに、
中学生になって「自分でがんばれ!」と言われ続け、学校に行き渋り、
家では壁に向かって自傷行為も始まってしまったという事例もありました。
「耳から情報が入りにくいこと」に回りが気付き、心を寄せ、
何らかの方法で、視覚から入手できる情報を確保できるよう、周りが動き出すことで、救われた事例が、確かにあるのです。
私たちができることは、わずかですが、「気付き」を促し、「心を寄せている」一人になり、
視覚からの情報を提供できる経験と知識と手段を持っていて、活用していただけます。
ぜひ、今後とも、ご支援・ご声援を、なにとぞよろしくお願いいたします。