東日本大震災から9年-孤立を防ぐ場の提供を続けています

東日本大震災(2011年3月11日)の発生から間もなく9年。現在も約4万9000人(復興庁・2019年末時点)が避難生活を余儀なくされる中、昨年10月に関東・甲信、東北地方を襲った台風19号は、大震災からの復興途上にある被災地域に再び深刻な被害をもたらしました。AAR Japan[難民を助ける会] は2011年以降、避難生活を送る方々、避難所から帰還した方々の健康を維持し、孤立を防ぐためのコミュニティ活動を応援する「地域みんなで元気になろう」プロジェクトを岩手、宮城、福島3県で続けています。プロジェクトを担当するAAR大原真一郎が報告します。

 

AARの活動に賛同くださる理学療法士や作業療法士、産業カウンセラーなどの資格を持つボランティアの方々と活動しています(2019年)

 

【ボランティアとともに交流の場を】

「一人暮らしだから、ここに毎月1回来るのが楽しみだよ」(80代女性)、「家では二人きりだし、こんな具だくさんの味噌汁は作らない。ありがたいねえ」(70代女性)。福島県川俣町山木屋の通称「山木屋茶屋」に2020年1月20日、地域に暮らすご高齢の方々16人と地元の医療関係者が集まり、手打ちそば、つみれ汁、煮豆など心づくしの料理を囲みました。

美味しいご飯を味わいながら過ごすひと時(2019年7月15日)

 

山木屋地区では、東日本大震災の原発事故による避難指示が2017年3月にようやく解除され、仮設住宅から多くの住民が帰還しました。そうした方々が孤立しないように、自身も避難者だった地元の生活支援相談員の発案があり、AARも協力する形ではじまった山木屋茶屋の交流会は、22回目を迎えました。AARは地元の社会福祉協議会や医療施設とも連携して、活動を支援してきました。震災の影響で若い世代が地区に戻らず、「公営住宅に一人で暮らしていて、足が悪く外出しないので人と話すことがない」(80代女性)など、ほかの方と接する機会が日常的に少ない皆さんにとって、手作りの料理を食べながら近況を報告し合うなど、交流の場になっています。

 

2011年7月に開始した同プロジェクトは当初、仮設住宅で暮らす方々への支援を目的として始まりましたが、現在は仮設住宅を出た方、ほかの地域から移り住んだ方を含む交流イベントとして定着しました。2019年度は岩手・福島両県で無料マッサージ、茶話会・食事会、手芸教室などを合計80回開催し、のべ3,376人が参加しています(2月初旬現在)。こうした活動は理学療法士や作業療法士、産業カウンセラーなどの資格を持つボランティアの皆さんの協力が欠かせません。また、参加くださる皆さんに気兼ねなく何でも話してもらい、ボランティアの方々がじっくり耳を傾ける「傾聴活動」も行っています。

マッサージをしながら傾聴活動をすることもあります(福島県南相馬市北原団地、2019年4月6日)

 

【支援する側・される側ではない信頼関係の醸成】

このほか、避難指示が継続する福島県浪江町からの避難者が多数暮らす同県二本松市の復興公営住宅(団地)でのリハビリ・傾聴活動、同県南相馬市で開催されているこども祭りへの協力(焼きそばの屋台を出展、発電機の提供など)、岩手県大槌町の地域交流センターでのマッサージ・食事会など、それぞれの地域の実情やニーズに合わせて、きめ細かく対応しています。多くの皆さんが笑顔で参加する一方、将来への不安に加えて、大震災の発生から数年を経ても「津波で家が跡形もなくなり、今でもフラッシュバックが起きる」と訴えるなど、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えた方々も少なくありません

私は、被災地では多くの仮設住宅が閉鎖され、インフラ整備や生活再建が進む一方、未だに心の傷に苦しむ方、経済的に立ち直れない方がいることを忘れてはならないと思っています。長年AARの活動を通して交流を重ねてきた方々の中には、昨年の台風19号の際に、自身は無事だったからと被災された方々へ支援物資を提供くださった方もいらっしゃいました。単に支援する・されるだけの関係を超えた信頼も醸成されてきています。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催が近づき復興五輪とも言われていますが、東日本大震災に関するの報道回数が減っていることもあり、震災の記憶が薄れつつあるかもしれないと感じています。震災から約9年が経つ今も、被災地には支援を必要とされる方々が暮らしており、一人ひとりに寄り添う支援を少しずつでも続けていきたいです。

AARは東日本大震災、台風被害を受けた地域で息の長い支援活動を今後も継続していきます。今後とも、皆さまの温かいご支援・ご協力をお願い申し上げます。