【創立21周年記念座談会】 あの日々がつないだもの ― ブリッジフォースマイルの歩みと、その先

認定NPO法人ブリッジフォースマイル(B4S)は2004年の創立以来、虐待などを理由に親を頼れず児童養護施設や里親家庭で暮らす子どもたちが自立の際に直面する壁を乗り越えられるよう、退所前から退所後まで「伴走支援」を続けてきました。2024年度からは、社会的養護の枠組みに漏れてしまった方々への相談窓口も開設しています。

 

今回は、長年B4Sを支えてきた4人のスタッフが集まり、これまでの歩みや心境の変化、これからの展望について語り合いました。前編・後編にわたって、みなさまにご紹介します。

 

【登場スタッフ】左から 植村 百合香、林 恵子(理事長)、菅原 亜弥(副理事長)、矢森 裕章

 

 

1. 「怪しい団体」だと思われていた創業期

 

まずは、親を頼れない子どもたちへの自立支援という概念も公的支援もほとんどなかった2000年代に、支援の輪を広げるため奮闘していた時代を振り返ります。

 

植村: 私は創立6年目の2011年入職ですが、菅原さんと矢森さんはさらに前ですよね。

 

菅原: ええ、2008年から。矢森さんも2007年くらいから関わっていますよね?

 

矢森: そうですね。当時は施設に「支援をさせてほしい」と訪問しても、断られてばかりの時期でした。林さんと一緒に初めて施設訪問した時、実績のないNPOということで、職員さんから疑念の目を向けられているのが痛いほど伝わってきて……。

 

林: 私は断られ慣れていたけど、最初からあの反応だと心が折れそうになるよね(笑)。

 

矢森: でも、当時反応が良くなかった施設の担当を、今まさに自分がやっているんです。不思議なご縁ですよね。のちにその職員さんが「B4Sはいいよ」と認めてくださり、セミナーへの参加や他のプログラム導入にも協力してくれるようになった。あれは本当に嬉しかったです。

 

林: 本当にありがたいですよね。子どもを参加させてくれた数施設から口コミが広がり、「B4Sは大丈夫な団体だ」と信頼を得て、十数年経った今も関係が続いています。

 

矢森:B4Sが新しい事業を立ち上げる度に、「昔もこんな感じで手探りだったなぁ~!」って懐かしい感覚になりますね。

 

 

(一同 笑い)

 

2. 「伝える」ことへの挑戦と、変わらないB4Sの3本柱

 

林: 最初はとにかく試行錯誤でした。例えば広報誌の「smile」。今は年1回の発行ですが、当時は毎月発行して、ボランティア(サポーター)や企業に配っていました。当事者の顔出し記事は当時とても画期的で、「とにかく退所者を紹介して!」と児童養護施設にお願いをして回っていました。

 

 

植村:今よりも偏見や理解不足もある中で 「もっとちゃんと知ってほしい!」と、子どもたちの背景や、その声を伝える活動は20年前からずっとやってましたね。

 

 

林: そうだね。当時から掲げている「B4Sの3本柱」は、今も全く変わっていません。

 

 

【B4Sの3本柱】

1. 親を頼れない子どもたちの巣立ち支援

2. 巣立ちをガイドする伴走者の育成

3. 子どもを支える社会をつくる広報・啓発活動

 

 

 

矢森: 林さんが新しい仕組みを作るたびに、信頼できる施設職員さんたちのところへヒアリングに行っていましたよね。「何かあればこの人に聞こう」と言われるような協力者が、常に横にいてくれたのは大きかったです。

 

 

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